話し合いをしていて、相手の言っていることは理解できる。
自分の考えも伝えているつもりなのに、なぜか話が噛み合わない。
カナダ・バンクーバーの多文化な職場で働いていると、そんな「説明できない違和感」に出会うことが少なくありません。
今回は、私自身がマネージャーとのやり取りを通して経験した、
**「同じ言葉を使っているのに、見ている軸が違っていた」**という出来事について書いてみたいと思います。
話し合いがうまく終わらない理由は、言い方ではなかった
私がスーパーバイザー(主任)になってから、マネージャーとのコミュニケーションは決してスムーズとは言えませんでした。
人としては好き。でも仕事となると、要領の悪さや伝え方に引っかかることが多く、話し合いのたびに小さなズレが積み重なっていく感覚がありました。
それでも、役職上話さないわけにはいきません。
相手の性格も理解していたので、「深い意味はない」と割り切り、言葉の表面には反応しすぎないようにしてきました。
そんな中で起きたのが、避難訓練(ファイヤードリル)での出来事です。
訓練中、たまたま登園対応が重なり、私たちは子どもたちを安全な場所で待たせていました。
ところがマネージャーからは「何もせずに待っていた」「動きが遅かった」と指摘されました。
私たちは、子どもの年齢や安全を最優先にした判断をしていたつもりでした。
でもその意図は、うまく伝わっていなかった。
このとき感じたのは、
**「意見が違う」のではなく、「見ている前提が違う」**という違和感でした。
観察をしている=問題がある、という前提のズレ
その後のスタッフミーティングでは、子どものオブザベーション(観察)について、再びモヤモヤするやり取りがありました。
私たちのクラスには、成長のペースに個人差がある年齢の子どもたちがいます。
初期に少し気になる点はありましたが、時間とともに成長が見られ、現時点では特別な問題意識はありませんでした。
それでも、より丁寧に子どもを理解するため、第三者の視点も取り入れ、細かな観察を続けていました。
それは「問題を探すため」ではなく、「子どもたち一人ひとりをより深く知り、その成長に合ったよりよい環境を整えるため」の取り組みでした。
しかしマネージャー側には、
「これだけ観察している=何か問題があるはず」
というイメージが強くあったようです。
同じ事実を見ていても、
- 私たちは「予防と成長のための観察」
- マネージャーは「問題が進行しているサイン」
という、まったく違う軸で捉えていました。
すれ違いを解消したのは「説明」ではなく「軸の確認」だった
このままではいけないと感じ、ディレクターに相談しました。
そこで気づいたのは、私は説明を「十分すぎるほど」していたけれど、
相手が何をゴールとして話しているのかを確認していなかったということでした。
後日、マネージャーと改めて時間を取り、
- 最初に心配していた理由
- 現在の子どもたちの状況
- 観察の目的が「問題対応」ではないこと
を一つずつ整理して伝えました。
すると、相手の反応は大きく変わりました。
「そういうことだったのね」と、ようやく同じ地図を見られた感覚がありました。
まとめ
多文化な職場では、言葉が通じているからこそ起きる誤解があります。
同じ言葉、同じ行動でも、見ている軸や前提が違えば、意味は変わってしまう。
だからこそ大切なのは、
- たくさん話すこと
- 正しく説明すること
よりも、
「相手は何を前提に、この話をしているのか」を確認すること。
言葉にならない違和感を放置せず、立ち止まって整理する。
そのプロセス自体が、関係性を壊すのではなく、育てる力になるのだと感じた出来事でした。



