カナダで保育 - 子育て・教育

『子どもの意思を尊重する』ってどういうこと?


最近、「子どもの意思を尊重する」「子どもがやりたいことを大切にする」という言葉を、以前にも増して耳にするようになった気がします。

私自身、この考え方にはとても賛成です。

子どもだからといって大人の言うことにただ従うのではなく、自分で考え、自分で選び、「私はこうしたい」と言えること。それは子どもが成長していく上で、とても大切なことだと思っています。

でも最近、この言葉を聞くたびに、少し引っかかることもあります。

「子どもの意思を尊重する」ということが、いつの間にか「子どもの好きなようにさせること」に置き換わってはいないだろうか。

そしてもう一つ。

「自分で選ぶ」ということと、「その選択によって何が起こるのかを経験する」ということは、本来セットなのではないだろうか。

そんなことを最近よく考えるようになったので、今回は「子どもの自由」と「大人の責任」について書いてみたいと思います。


子どもの意思を尊重する=好きにさせる、ではない

が何かを選び、行動すれば、そこには必ず何らかの結果が生まれます。

これは子どもでも大人でも同じです。

ただ、大人と子どもでは大きく違うことがあります。

子どもにはまだ知識も経験も少なく、「これをしたら、その先に何が起こるのか」を十分に予測できないことがあります。

だから、子どもが自分で選んだことであっても、その結果が子ども自身ではどうにもできないほど大きなものになれば、最終的には周りの大人が責任を引き受けることになります。

だからこそ、大人は子どもにある程度の制限を設けます。

でも、

「どうせ責任を取るのは大人なんだから」

と、最初からすべての行動を規制してしまうのも違うと思うのです。

何でも大人が先回りして決めてしまったら、子どもは「自分がこうしたから、こうなった」という経験をすることができません。

どこまでなら大丈夫なのか。

何をしたら、何が起こるのか。

自分の行動は、自分や周りの人にどんな影響を与えるのか。

そうしたことを少しずつ経験しながら、自分で判断する力も育っていくのではないでしょうか。


大人が責任を持つからこそ、子どもに選ばせることができる

食事は、このことを考えるときのとても分かりやすい例だと思います。

私が暮らしているカナダの保育や栄養教育でも取り入れられている考え方の一つに、食事について大人と子どもの役割を分けて考える方法があります。

大人が決めるのは、

「何を、いつ、どこで提供するか」

そして子どもは、提供されたものの中から、

「何を食べるか、どのくらい食べるか」

を決める。

私は、この考え方がとても好きです。

例えば「子どもの意思を尊重するのだから、お腹が空いたときに好きなものを好きなだけ食べればいい」としたらどうでしょう。

確かに、本人の意思は最大限尊重しているように見えます。

でも、小さな子どもは、成長している自分の身体にどんな栄養が必要なのかを十分に知っているわけではありません。

だから、何を用意するのか、いつ食事をするのか、どんな環境で食べるのかは、知識と経験を持つ大人が責任を持って決める。

一方で、用意されたものをどの順番で食べるのか、何を選ぶのか、どのくらい食べるのかまで大人が決める必要はない。

「野菜から食べなさい」
「全部食べなさい」
「あと3口食べなさい」

と、大人が子どもの身体の感覚まで決めてしまえば、今度は子ども自身が「お腹が空いた」「もうお腹いっぱい」と感じる経験まで奪ってしまうかもしれません。

大人にも決めることがあり、子どもにも決めることがある。

私は、この境界線がとても大切なのだと思っています。


選ばせるなら、その「結果」も経験してほしい

そして、もう一つ大切だと思うのが、選択した後です。

子どもに「自分で決めていいよ」と言いながら、その結果が少しでも本人にとって不都合になると、大人がすぐに取り除いてしまったらどうでしょう。

それでは「選ぶ」という経験の半分しかしていないことになります。

自分で選んだ。

その結果、こうなった。

次はどうしよう。

そこまで経験して初めて、「自分で選ぶ」ということの意味が少しずつ分かってくるのではないかと思います。

もちろん、子どもに取り返しのつかない結果を経験させる必要はありません。

だからこそ大人が、どこまでなら任せられるのかを考える。

危険が大きすぎるなら止める。

失敗してもやり直せるなら、少し見守ってみる。

そして何かが起きたら、一緒に「どうしてこうなったんだろう」「次はどうしたらいいと思う?」と考える。

私が考える「責任を学ぶ」というのは、

「自分でやったんだから、自分で責任を取りなさい」と突き放すことではありません。

自分の選択と、その結果がつながっていることを知る。

そして次の選択に、その経験を生かしていく。

その繰り返しなのだと思います。


白か黒かではなく、その間を考える

子どもの意思を尊重することは、とても大切です。

でも、それは大人が責任を放棄することではない。

反対に、大人に責任があるからといって、子どもの選択をすべて奪う必要もない。

大人が責任を持って枠を作り、その中で子どもが自分で考え、選び、その結果を経験する。

私は、そのバランスが大切なのだと思っています。

世の中には、白か黒かではっきり分けられないことがたくさんあります。

「自由にさせるのが正しい」
「大人が決めるのが正しい」

どちらか一つを絶対的な正解にしてしまえば、本来その間にあるはずの大切なものが見えなくなってしまいます。

子どもの意思を本当に大切にしたいからこそ、大人はどこまで任せ、どこから自分が責任を持つのかを考え続ける。

そして、子どもがまだ小さなうちに、安全な範囲でたくさん選び、失敗し、考え、もう一度選ぶ経験をする。

大人が責任を持つからこそ、子どもに自由を渡すことができる。

私は、それが「子どもの意思を尊重する」ということの一つの形なのではないかと思っています。

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